米下院外交委員会(ハイド委員長)は13日、日本の「慰安婦問題」について審問(ヒヤリング)を行い、日本政府に対し、①歴史責任の認知、②学校教育での指導、③慰安婦問題はなかったという議論への公式反論を求めた。
また、同委員会は14日、日本と近隣諸国との緊張関係をテーマに公聴会を開き、ハイド委員長(共和)は、靖国神社に併設されている戦史展示館「遊就館」について、「ここで教えられている歴史は事実に基づいておらず、訂正されるべきだ」と主張した。また、出席議員や参考人からは小泉純一郎首相の靖国参拝への批判が相次いだ。
このようなニュースに日本の反日左翼勢力は狂喜し、保守ブログ等はうろたえるばかりのようである。
反日左翼は、状況により「反米主義」を盛んに主張する。しかし、昭和天皇が靖国神社に好意的でなかったというネタが流れればそれを最大限に宣伝するように、米国が「慰安婦問題」や「靖国問題」で日本を批判したというニュースが流れればさらに狂喜してこれを最大限に利用するであろう。
(左翼にはもともと「自分」がないのであり、反日主義者は「帰るべき朝鮮がない」という嘆きに端的に表れているごとく「自分」を否定しているのだから、反日左翼がますます「自分がない」様になるのは当然のなりゆきなのだが。)
まず、「ヒヤリング」(〔裁判所の〕審理。審問)という名で、公的機関において他国の内政問題や思想問題についてその善悪を決議するようなことは、英米法の伝統ではどうか知らないが、国際常識では「内政干渉」にほかならない。日本の保守言論人はこの点をはっきり指摘する必要がある。
安部首相がほぼ確定したことに反応してか、米国は早速日本に対しこのような内政干渉を行ってきた。このような米国は、共和党であれ民主党であれ、中高生ネット右翼の一部が幻想しているような「日本の友」ではそもそもありえないのである。
米国は本質的に白人国家であり、白人は「反日」が身上である。「反日主義」はそもそも白人の人種主義・白人至上主義の一現象形態なのであり、中国・韓国やタイの反日主義もまた、あくまで白人が設定した反日主義の枠の中にあって適当に中華思想や土人的嫉妬心の風味をつけたものに過ぎない。要するに、シナのビーフンにナンプラーを入れたらクイッテイオになったという仕儀である。
なぜ白人は反日なのか。日本のみが今も昔も非白人世界において、白人の支配するこの世界からの有色人種解放の「前衛」だからにほかならない。白人がどうしても日本を許せない理由はここにある。この事実は他の有色民族の主観的な感情などには左右されない。50年100年では決着のつかない大きな歴史の流れに支配される闘いである。
また白人にとって「慰安婦問題」や「虐殺」が「問題」になるのは、「犯人」が日本人であり白人でなかったからなのであり、それ以上の理由はない。日本も含むアジアの米軍基地周辺の「慰安婦」たち、東南アジアで現在も進行中の欧米脱落白人のための「慰安婦」たちは一切問題にならない。米軍(米国)に黒人が多少混じっていたとしてもその白人的本質はまったく変わることがない。
私が強く思うのは、この機会に日本人一人ひとりが、特有の「嫌われたくない」病から卒業しなければならないということである。このことは、個人的にも政治的にも国際政治的にも妥当する。
われわれは個人的にも国際的にも「孤立」を恐れてはならない。そもそも日本はずっと孤立してきたのである。孤立していることに気づかなかったのは日本人だけである。また、孤立していたからこそ、これでもまだ、アジアのどこの国に行っても見ることのできないすばらしいものを日本は(白人による破壊から)守り続けることができているという事実を知らなければならない。
「孤立したら生きていけなくなるのではないか」、という考え方は日本人の悪い癖であることを十分に自覚しなければならない。国際的に孤立しながらもうまくやりくりしていくことはいくらでも可能である。「孤立する」ということと、「軍事的に包囲されて補給線を絶たれる」ということを混同してはならない。
これからの私たちがいちばん考えなければならないのは、「どう孤立するか」ということである。われわれは「孤立の作法」を身につけなければならない。
孤立の仕方にもいろいろな流儀がある。汚いところではタイのような日和見主義。北朝鮮のようなやり方。シンガポールのような行き方。など、いろいろある。どれも日本にそのまま適用できるものではないが、参考にはなるだろう。
「嫌われたくない」病を土台としたコミュニティに依存するサルマタ「保守」主義や、「特定アジアはダメだけど欧米は日本の正しさをきっとわかってくれる」式のネット「右翼」等の毛唐をナメた自慰妄想を、保守与論から一掃する良い機会である。
日米安保条約(軍事同盟)の重要性を否定するつもりはまったくないが、これもあくまで実利的な外交戦略であり、日本に利益がある限りにおいて維持されるべきものである。アメリカと身も心も一体になりましょうという思想でないのはいうまでもない。
われわれがよく自覚しなければならないことは、日本はアメリカよりもイギリスよりも価値のある国だという事実である。アメリカやイギリスが世界から消えたとしても本質的に人類にとって何の損失もない。
日本がアメリカに非難されることによって中国韓国は狂喜するだろうが、それ以外のアジア、特にイスラム教徒の多い東南アジアや南アジアの日本を見る目はまた別である。アメリカが日本を叩けば叩くほど、中韓とは別の意味で喜んでくれて、日本人の居心地が良くなる国も少なくないのが現実である。
このようなことをいうからといって、そういう国々に媚びて「反米」政策を採れというのではない。そうではなくて、「やりくり」のオプションは多様にあるのであり、過剰に「孤立」を恐れるべきではないということである。
そして、白人との闘いとを主軸とする日本近代史の解釈をめぐる思想問題について、白人国家たるアメリカによる「イデオロギー支援」を妄想するようなことこそ厳に慎まなければならない。この点に関しては、共和党も民主党もネオコンもリベラルも、違いがあろうはずがないのである。
