Wednesday, July 25, 2007

ラノン(Ranong)=コートーン(Kawthaung)写真拾遺

ラノン→コートーン→ラノンの順。

関連:
http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2007/04/crime.html

http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2007/05/ranon_kaw_thaun_2b26.html

http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2007/06/ranong_4900.html


ラノンの町で。タナカをしたビルマ人の女の子。






ラノンの桟橋

















ラノン入管





Thailand!










いくつもの地元の桟橋を経由する。











































コートーンの桟橋。





















コートーンのイミグレ方面に向かう女児連れ白人。


























コートーンの桟橋。
































に住む中国人(ミャンマー華人)との筆談。

中国人はすぐに戦争の話をしたがる。友好を強調するように見せながら、ことさら「戦争」に言及したがる。戦争で彼らが実際にどういう被害をこうむったかなどは関係がない。











ブタ。







犬。









コートーンのホテルBear Honeyのフロントで働くビルマ人の女の子










プーケットあたりに沈没していてラノンにビザなし滞在を更新しに来るクズ毛唐たち。













Saturday, April 07, 2007

ハジャイの娯楽施設の壁

2007/4/7






ハジャイの娯楽施設の壁。売春姉ちゃんの見本写真と畏れ多くも国王陛下の写真とが対称に並んでいる。これは公然たる現実。コラボではない。


このようなことを日ごろから放任しているだけでなく誰も何の違和感も感じていないようである。
そういう感覚でいながら、時に思い出したように不敬不敬と騒ぎ立てても外国人には説得力はないだろう。

Friday, March 23, 2007

あと40年「たたかれ」て我慢しよう

何をやってもたたくやつはたたく。
中韓についてはいうにおよばず。

白人は日本をたたきたいから理由を探してきてたたくのである。これまでもそうしてきたし、この後も日本が何をしようとそうしつづけるだろう。

今日のマレーシア紙New Straits Timesに転載されたIHT,David Fouseの記事から。
日本が"value-oriented diplomacy"や"help establish 'arc of freedom and prosperity'"を打ち出していることについて次のように難癖をつける。

For Japan to be perceived as a legitimate proponent of democracy and human
rights in Southeast Asia, it must first clearly and irrevocably cut its ties to
its imperialist past.

だそうである。

東南アジアで、「人権」と「民主主義」の正統なproponent

proponent
1 提案者, (…の)発議者((of ...)).
2 支持者, 賛成者(⇔opponent).
3 《法》申立て当事者, 挙証[主張]責任者;(遺言の)検認申立人, 検認請求者.

とみなされるためには、現在の日本の人権と民主主義の水準や60年の実績よりも、大日本帝国時代の歴史の解釈のほうが重要な意味を持つというわけだ。

何度も言っても彼らの馬の耳には無意味であることはわかっているが、では日本に戦争で勝利し東南アジアにおいて人権と民主主義のlegitimateなproponentたる資格を獲得したという欧米白人諸国は、大東亜戦争以前、そして以後も、東南アジアにおいてどんな「人権」ぶりと「民主主義」ぶりを証明してきたのだろうか。

彼らにはこういうデタラメな理屈にまったく違和感を感じない。そこには日本に対する議論する前提としての「野蛮」定義があるのだろう。

しかし、日本に対して、「人権」と「民主主義」のproponentとして自分たちと同盟し、この海域で軍事力を伴う活動を積極的に行うように強要し続けてきたのはアメリカではないのか。日本がそれを特に求めたわけではないし、求める理由もない。

日本は彼らとは違い、「人権」や「民主主義」を「現実の人民の福祉」異常の宗教に祭り上げる理由はそもそもない。

たとえば、ミャンマーがスーチーの路線で「人権」化され「民主主義」化され、タイのような土人売春国家に堕落することを、日本人が喜ぶ理由がどこにあるだろうか。

日本はあと40年、白人からの本質的には人種主義に基づくこの種の非難を浴び続ければいいだろう。没落に向かう彼らにはそれが慰めになるからそうしているのである。

非難におろおろし、土下座などして決定的に国益を損ねるよりは、沈黙して誹謗に耐え続ける方が懸命である。

40年したら「戦後」100年になる。民主主義を100年続けてまだ民主主義の正統性がないなどというものがいたらお笑いであろう。それは民主主義はカトリックみたいな宗教だといってるようなものである。100年人権弾圧も侵略戦争もしない先進国はない。100年平和を続けてもまだ「人権」のレジティマシーがないなどというものがいるなら、その人権はやはりキリスト教に固有の特殊なイデオロギーということになるだろう。

そして、100年後には白人世界はもっとむちゃくちゃなことになっていて、温暖化で疫病がはやり、目も当てられない世界になっているだろう。そのときに日本が普通にマトモな国でい続けるだけでも、文明的には彼らに対し決定的に優位に立てるのである。

彼らはもちろん、今もさかんにやっているように、自分たちが落ちかけている地獄に日本も引きずりこみ、できれば日本を真っ先に突き落とそうとするだろう。

そこが踏ん張りどころになる。彼らが普通に地獄に落ちて、日本が2千年以上の歴史の普通の時間を着実に歩むことができさえすればいいのである。

中国との関係は、1000年単位のものである。だから、欧米からいくらたたかれても痛くはないが、中国に土下座してしまうと後千年といわずとも100年単位で多大な影響を受けることになる。白村江の敗戦はその後数百年にわたる日本の中国化をもたらしたといわれる(敗戦後1000人単位の唐の駐留者が都に入り、日本の制度をむちゃくちゃに変えたという)。

だから歴史解釈ではどんな拷問を受けても否認するという根性が必要になる。

白人は日本を叩きたいから理由を探してきてたたくのである。白人には世界的な発言権があるから、どんな屁理屈をつけてでも自由に大声で叩けるだろう。

しかしどんなことがあっても土下座だけはしてはいけない。他国の歴史解釈=作り話を受け入れてはいけない。

どんなに叩かれ口汚くののしられても安易な道をとらない。そういう根性がある政治家、拷問に耐えられる政治家だけが、これから40年日本を指導する資格がある。われわれはそこを見極めなければいけないと思う。

Saturday, September 16, 2006

アメリカ反日主義の台頭

米下院外交委員会(ハイド委員長)は13日、日本の「慰安婦問題」について審問(ヒヤリング)を行い、日本政府に対し、①歴史責任の認知、②学校教育での指導、③慰安婦問題はなかったという議論への公式反論を求めた。

また、同委員会は14日、日本と近隣諸国との緊張関係をテーマに公聴会を開き、ハイド委員長(共和)は、靖国神社に併設されている戦史展示館「遊就館」について、「ここで教えられている歴史は事実に基づいておらず、訂正されるべきだ」と主張した。また、出席議員や参考人からは小泉純一郎首相の靖国参拝への批判が相次いだ。

このようなニュースに日本の反日左翼勢力は狂喜し、保守ブログ等はうろたえるばかりのようである。

反日左翼は、状況により「反米主義」を盛んに主張する。しかし、昭和天皇が靖国神社に好意的でなかったというネタが流れればそれを最大限に宣伝するように、米国が「慰安婦問題」や「靖国問題」で日本を批判したというニュースが流れればさらに狂喜してこれを最大限に利用するであろう。

(左翼にはもともと「自分」がないのであり、反日主義者は「帰るべき朝鮮がない」という嘆きに端的に表れているごとく「自分」を否定しているのだから、反日左翼がますます「自分がない」様になるのは当然のなりゆきなのだが。)

まず、「ヒヤリング」(〔裁判所の〕審理。審問)という名で、公的機関において他国の内政問題や思想問題についてその善悪を決議するようなことは、英米法の伝統ではどうか知らないが、国際常識では「内政干渉」にほかならない。日本の保守言論人はこの点をはっきり指摘する必要がある。

安部首相がほぼ確定したことに反応してか、米国は早速日本に対しこのような内政干渉を行ってきた。このような米国は、共和党であれ民主党であれ、中高生ネット右翼の一部が幻想しているような「日本の友」ではそもそもありえないのである。

米国は本質的に白人国家であり、白人は「反日」が身上である。「反日主義」はそもそも白人の人種主義・白人至上主義の一現象形態なのであり、中国・韓国やタイの反日主義もまた、あくまで白人が設定した反日主義の枠の中にあって適当に中華思想や土人的嫉妬心の風味をつけたものに過ぎない。要するに、シナのビーフンにナンプラーを入れたらクイッテイオになったという仕儀である。

なぜ白人は反日なのか。日本のみが今も昔も非白人世界において、白人の支配するこの世界からの有色人種解放の「前衛」だからにほかならない。白人がどうしても日本を許せない理由はここにある。この事実は他の有色民族の主観的な感情などには左右されない。50年100年では決着のつかない大きな歴史の流れに支配される闘いである。

また白人にとって「慰安婦問題」や「虐殺」が「問題」になるのは、「犯人」が日本人であり白人でなかったからなのであり、それ以上の理由はない。日本も含むアジアの米軍基地周辺の「慰安婦」たち、東南アジアで現在も進行中の欧米脱落白人のための「慰安婦」たちは一切問題にならない。米軍(米国)に黒人が多少混じっていたとしてもその白人的本質はまったく変わることがない。

私が強く思うのは、この機会に日本人一人ひとりが、特有の「嫌われたくない」病から卒業しなければならないということである。このことは、個人的にも政治的にも国際政治的にも妥当する。

われわれは個人的にも国際的にも「孤立」を恐れてはならない。そもそも日本はずっと孤立してきたのである。孤立していることに気づかなかったのは日本人だけである。また、孤立していたからこそ、これでもまだ、アジアのどこの国に行っても見ることのできないすばらしいものを日本は(白人による破壊から)守り続けることができているという事実を知らなければならない。

孤立したら生きていけなくなるのではないか」、という考え方は日本人の悪い癖であることを十分に自覚しなければならない。国際的に孤立しながらもうまくやりくりしていくことはいくらでも可能である。「孤立する」ということと、「軍事的に包囲されて補給線を絶たれる」ということを混同してはならない。

これからの私たちがいちばん考えなければならないのは、「どう孤立するか」ということである。われわれは「孤立の作法」を身につけなければならない。

孤立の仕方にもいろいろな流儀がある。汚いところではタイのような日和見主義。北朝鮮のようなやり方。シンガポールのような行き方。など、いろいろある。どれも日本にそのまま適用できるものではないが、参考にはなるだろう。

「嫌われたくない」病を土台としたコミュニティに依存するサルマタ「保守」主義や、「特定アジアはダメだけど欧米は日本の正しさをきっとわかってくれる」式のネット「右翼」等の毛唐をナメた自慰妄想を、保守与論から一掃する良い機会である。

日米安保条約(軍事同盟)の重要性を否定するつもりはまったくないが、これもあくまで実利的な外交戦略であり、日本に利益がある限りにおいて維持されるべきものである。アメリカと身も心も一体になりましょうという思想でないのはいうまでもない。

われわれがよく自覚しなければならないことは、日本はアメリカよりもイギリスよりも価値のある国だという事実である。アメリカやイギリスが世界から消えたとしても本質的に人類にとって何の損失もない。

日本がアメリカに非難されることによって中国韓国は狂喜するだろうが、それ以外のアジア、特にイスラム教徒の多い東南アジアや南アジアの日本を見る目はまた別である。アメリカが日本を叩けば叩くほど、中韓とは別の意味で喜んでくれて、日本人の居心地が良くなる国も少なくないのが現実である。

このようなことをいうからといって、そういう国々に媚びて「反米」政策を採れというのではない。そうではなくて、「やりくり」のオプションは多様にあるのであり、過剰に「孤立」を恐れるべきではないということである。

そして、白人との闘いとを主軸とする日本近代史の解釈をめぐる思想問題について、白人国家たるアメリカによる「イデオロギー支援」を妄想するようなことこそ厳に慎まなければならない。この点に関しては、共和党も民主党もネオコンもリベラルも、違いがあろうはずがないのである。

Sunday, September 10, 2006

寛容

Saturday, September 09, 2006

フィリピン人看護師など条件付き受け入れ 日比経済連携協定を締結

 【ヘルシンキ=飯塚恵子】小泉首相は9日夕(日本時間9日夜)、ヘルシンキ市のホテルで、フィリピンのアロヨ大統領と会談し、2国間の自由貿易協定(FTA)を柱とする経済連携協定(EPA)を締結した。

 協定は、物品貿易の関税撤廃など13分野で連携を強化する内容で、日本側はフィリピンの看護師と介護福祉士を、日本の国家資格の取得を条件に一定の枠内で受け入れる。日本が、EPAに労働市場の一部開放を盛り込んだのは初めてだ。

 日本がEPAを結ぶのは、シンガポール、メキシコ、マレーシア(いずれも発効)に続いて4か国目だ。

 協定は、物品貿易の関税撤廃のほか、〈1〉金融などサービス分野の貿易の各種規定の順守〈2〉双方の国民の入国や一時滞在の受け入れ――などが柱となっている。

(読売新聞) - 9月10日3時4分更新



「看護師」といってもおねーちゃんばかりなのだろうが、労働市場におけるこのような規制緩和の流行が、「タイマッサージ師」受け入れというところまで発展しないことを望むばかりである。



白人たちは今でさえ「日本の金持ちはフィリピン人メードを性的に虐待している」などという妄想を公言し、世界の言論市場に流布させているのである。



彼らは日本になど来たこともなく日本人も中国人も区別がつかない人種主義白人なのだが、シンガポール人がインドネシア人メードを使うのなどを見てそのように妄想し、彼らの言論世界においてその妄想を平気で事実に変換するのである。



しかし、「タイマッサージ師」を少しでも受け入れるようなことになれば、「日本におけるアジア女性人身売買」は、必然的に、言い逃れのできない現実になってしまう。



日本のヤクザがそれをやらなくても、韓国人、在日韓国人朝鮮人、中国人等が必ず日本国内でやることになる。



「タイマッサージ」と「風俗サービス」ないし「売春」との間に明瞭な区別はない。区別があると言い張るとしても、その区別は、彼らタイ人が売り物とし、誇りとさえするところの「マイ・ペン・ライ」思想に依存する程度のものということになる。



このように「タイマッサージ師」を受け入れるということは「タイ売春婦」を受け入れることにほかならないのだが、それは同時に、タイID=タイ市民権(カネで買える)をあてがわれた山岳少数民族の「児童」たちを日本に引き入れ、その人身売買を日本国内でおこなわせるということを意味する。



そのようなことになれば白人たちは狂喜するだろう。



彼らが長年インドシナでやってきたことを棚に上げ隠蔽するチャンスとばかりに、日本非難の大合唱を展開することになる。



山岳少数民族の性的虐待・援助利権収奪の主犯たる白人キリスト教ミッショナリーと、彼らの盟友たる人権諸団体・NPOが先導し、買春バカンス白人たちの声援を受けながら、世界のメディアを動員して鬼の首を取ったように日本非難・日本人非難・「野蛮」再定義運動を大展開するであろう。



これはあまりにも見え透いた災いであるので、是非とも避けなければならない。



タイ女だけは日本に引き入れてはいけないのである。

日本人の墓118基、荒らされる=捕鯨に抗議か?-豪

墓暴きは中国人の専売特許かと思っていたが、毛唐もまたこういうことを平気でやる人種であるということがわかった。



慶事の陰に隠れた6日のニュース。

【シドニー6日時事】オーストラリアの在パース日本総領事館によると、豪北西部の真珠生産で有名なブルーム市で5日夜、日本人墓地が何者かに荒らされ、墓石118基が押し倒されるなどした
 同市は捕鯨で知られる和歌山県太地町と姉妹都市を結んでおり、今月1日から10日まで記念行事が催されている。この期間中、環境保護グループが市内で日本の捕鯨に対し抗議行動を行っており、地元報道はその関連性を指摘している。

(時事通信) - 9月6日21時1分更新







豪州白人の「野蛮性」が端的に現れた事件である。



捕鯨への抗議であるという証拠はどこにもない。捕鯨を口実にしたたんなる人種主義犯罪と見るのが妥当だろう。



かくも野蛮なオーストラリア毛唐どもが、東南アジアでは麻薬犯罪を頻発し、最近インドネシア裁判所の下した死刑判決に対しては、「野蛮」であると非難をしていることに注意しなければならない。白人の人権主義は、そのような「野蛮」定義と表裏の関係にある白人至上主義にほかならない。

男性が踊るゴーゴーバー(タイのゴーゴーボーイ)

もう3年以上も前のことだが、ゴーゴーボーイ(ボーイゴーゴー)というところに行ったことがある。タイ北部のチェンマイとチェンライで一回ずつ。



ボーイゴーゴーは、男性が男性として踊るゴーゴーバーであり、オカマショートかキャバレーショーとはまったく意味が違う。たいていは全裸になり、その内容は、普通のゴーゴーバーよりはるかにグロテスクでえげつないものであった。



ボーイゴーゴーに興味があったわけではないが、当時チェンマイで少し仲の良かったタイ族の女の子に誘われて行ったのである。



そのころ私は、普通のゴーゴーバーにもほとんど行ったことがなかった。チェンマイ・タペー門とロイクローの間にある誰もが知っている「スポットライトバー」を覗いたことがあったが、コーラを一杯飲んですぐに出てきた。ぎらぎらした毛唐客だらけで居心地が悪かった。



そういうこともありゴーゴーバーに多少の未練があったので、私は彼女に普通のゴーゴーに連れて行ってほしいんだけど、と懇願してみたのだが、そういうことを頼んだだけで彼女は機嫌が悪くなり、まったく相手にしてもらえなかった。しかし、ボーイゴーゴーなら一緒に行きたいと言うのである。



ボーイゴーゴーがどんな風にえげつないものであるかを、具体的にここに書くべきかどうかは迷うところである。



(チェンマイの)普通のゴーゴーバーは、番号札をつけた女の子が水着で踊っているだけであった。舞台にしがみついてアホ面さらしている白人オヤジたちが、三々五々番号で指名して、彼らの泊まっている安ホテルやらトイレシャワー共同のゲストハウスやらに「お持ち帰り」するのである。そういう場面でも毛唐の身振りというのはわざとらしく気取っていて、まるで買春じゃないかのような態度である。これが普通のゴーゴーバーである。(今はどうか知らないが、3年前くらいは、木造のゲストハウスの三畳間に白人バックパッカーがバーの女を持ち帰ってハッスルし、ソノ音で夜中に起こされるというようなことがタイでは珍しくなかった)。



ボーイゴーゴーに買春があるかどうかは、私はよく見なかった。ただ、「踊り子」は最終的にはみな全裸になり、それまでも身体の一部を姿勢よく保つため、踊っている間ずっと刺激を与えていた。そして、男性同士でいろいろなことをしたり、「ふりかかりそうになる」ようなことをしたりする。



踊りがうまいとか何か趣向が凝らされているとかいうことはなく、ただただエゲツナイだけ。日本でなら耐え難いものだが、しかし、ここまで来ると感受性も鈍磨している。これもまたタイの罠である。



チェンライでも一度見に行ったことがある。あの辛気臭い陰気な町で、酒を飲まない私は夜やることがなかった。気分的にもボーイゴーゴーは入りやすい。内容はチェンマイと同じだったが、「踊り子」がチェンマイとは違っていた。顔も違うが、骨格が特に違っていた。チェンマイはナヨっとして都会風だが、チェンライはガッチリとして百姓仕事で鍛えてきたという風情で、全体に垢抜けず田吾作という感じだった。観客の多くはごく普通の女の子たちのように見えた。



後にチェンマイで知り合った「かわいそうな生い立ち」の少数民族の女の子が、ボーイゴーゴーには友達とよく行くと平然と言うのを聞いてちょっと引いた。



吉兆! ニシキヘビが妊娠したヒツジを丸呑み クアンタン マレーシア

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New Straits Times(マレーシア紙)





MORE THAN IT COULD CHEW...: This python seems to have bitten off, or in this case swallowed whole, more than it can chew. Having attacked and swallowed a pregnant ewe in Kampung Jabor, Kuantan at 8am yesterday, the six-metre reptile weighing 90kg was too laden to even move, making it easy for firemen to capture it. In a desperate bid to escape, the snake expelled the carcass of the ewe after it was brought back to the Gebeng fire station. However, it could not escape as it had been tied down. Picture 1 shows the 'full' python, the python regurgitating the ewe (2), and the carcass of the ewe after it was expelled (3). — NST pictures by Azmaidi Abidin.



動けなくなって消防に御用となった6メートルのニシキヘビ。



上から反時計回りに、①飲み込んで動けなくなった姿、②吐き出しているところ、③無事放出して秋の空のように清清しいさま。



(ロイターの写真)



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予備
http://melaka-journal.blogspot.com/2006/09/blog-post_06.html

日本は良い国

長旅から日本に帰ると、環境の変化や花粉などのせいで心身に変調をきたすことがある。去年帰ったのは4月だったのでたいへんだった。いちばん近いコンビニを往復するだけでそれ以外は自分の部屋に沈没するという日々を送っていた。



去年は1年オープンだったが、今年はクアラルンプルで30日フィックスの日本往復航空券を買ったので、多少気ぜわしさと緊張感があるせいか、心身に変調をきたすことも特にない。そこで時々電車にも乗って東京の街に出てみるのだが、町や人びとを見てしみじみ思うのは、やっぱり日本は良い国だということである。



何より毛唐が少ない。これは本当に僥倖なのだ。このことが僥倖だとわからない人は世界史の常識がない人ではないだろうか。



日本の町に「外国人」(といいつつ、じっさいは毛唐)が少ないことがまるで日本の欠点または弱点であるかのように語る人がいまでもいるが、見当違いもはなはだしい。



頭の弱い人が語学だけできたりするとそういう妄言を吐くようになるのだろう。しかし、そういう頭の弱い人たちの吐く思慮のない妄言が、英語屋商売に利用され、英語で世界からカネを集めている国に利用されたりして、なんとなくまかり通っているのが危険なのである。



毛唐が跋扈しコンビニやマックの店員が白人客に英語で応対し、中卒売春婦が英語を話す国になることは実に簡単なことなのであり、そのような「国際化」は実に「安易な道」なのである。これがいかに安易な道であるかを多くの日本人はよく知らないように見える。



毛唐エントロピーは全世界的に爆発的な増大を続けているのであり、その流れに沿って国を「国際化」することには何の努力も要らない。それは中年の女が食っちゃ寝してぶくぶく太るのと同じように簡単なことであり、そのような安易な道を選ぶ者は、国であれ個人であれ尊敬されるということはない。美からも尊厳からも遠ざかることは必然である。



アジアの国に毛唐が増えるとどういうことになるかを知るためには、やはり東南アジアの国々をよく観察するのがいいと思う。日本にもっと毛唐を引き入れようといっている人は、もし善意の日本人であるとしたら、白人をなめている人であるといわなければならない。そのような人は白人の本当の怖さを知らないのである。



白人の本質は「悪意」にある。彼らは数百年世界中でやってきたことを、日本でも行い、彼らが神から与えられた「ミッション」を完成させようと乗り込んできているのに、日本人が一向に彼らを警戒しようとしないことに、むしろ苛立っているかもしれない。はっきりと有色人種を見下している白人たちが、日本を有色人種の国にふさわしい白人植民地にしようと本気で乗り込んできているのに、日本人がびびりもせずニコニコ歓迎している。彼らは土人が文明人をバカにして笑っていると感じて苛立ち、さらに陰湿な悪意を深めるのかもしれない。



紀子さまご出産に際し、私が日本のテレビや新聞を見る限り男児待望などという与論は見られないのだが、白人メディアは、あるいは「日本人は男児を熱望している」といったり、あるいは「善良な日本人」は女性天皇を認めるが伝統主義者は男児を熱望しているといったり、日本人のほとんどは女性の皇位継承を認めるが右翼だけが反対しているかのように言ったり、いずれにせよ白人の悪意ある妄想に満ちた日本の「物語」をでっち上げて報道している。女性天皇と女系天皇の区別やその意味など報じられるはずもない。



日本に対する白人の「視線」は、一事が万事このような「悪意」で満たされている。そこには、日本が白人にとって都合の良い国になかなかなりきってくれない苛立ちもこめられていると思う。



今テレビをつけたら男の子ご出産のニュース。

ニフティのココログ写真検閲に関する総括

「日付のある紙片」に対する恫喝を伴う写真削除要求によって明らかになったニフティの画像検閲の基準と方針を整理してみる。



ニフティは次のように明言する:



実体上の人物画像掲載基準について  



「弊社では画像等をココログに掲載する際、ココログ掲載に関する明示的な許
諾が必要と考えています。そのため、全ての写真に関して「明示的な許諾」を
受けていないのであれば、全ての画像を削除してくださいますようお願いいた
します
。」



この基準に従うなら風景写真の片隅に写る見知らぬ人の顔もまた削除しなければならないということになる。今日の技術では、写真の片隅に写る小さな顔からポートレートを作成することも可能である。また、子供の写真を掲載する場合は、常に親権者等の同意が必要であるということになる。親の同意を得ない未成年者の意思表示も取り消しがあるまでは有効であるが、いったんインターネットに流れた画像を取り戻すことは困難である。また、ブログの意味、インターネットの意味を十分に理解していない者にも承諾能力がないと見るべきだろう。そのような承諾には錯誤または瑕疵があると見るのが相当だが、これも同様にネット掲載後は原状を回復し得ないものだからである。したがって、途上国の田舎などでの人物写真はたとえ「ブログ掲載」の許諾を得ていたとしてもその許諾には錯誤または瑕疵があると見るのが相当であり、そのような人物の肖像写真の掲載、さらにそのような人物を含む写真の掲載は、ニフティのココログにおいては「利用規約」に違反するものと見なければならないだろう。



手続上の画像検閲の方針について



会員様が作成する個々のココログを、弊社が普段から監視するような
ことは行っておりませんが
、閲覧者よりココログの内容について弊社へ苦情等
が寄せられた際には、連絡箇所を確認する以外に、権利侵害など規約に反する
点が確認された場合は、併せて会員様へご連絡させていただいております



画像掲載基準に極めて厳格な基準を採用する一方で、実際上の検閲の方針は、きわめて恣意的な裁量に任せられているといえる。



すなわち、第三者(一般閲覧者)の苦情に応じて、苦情のあった箇所を検討するのみならず、苦情の対象となったブログ全体に対して、ブログ作成者に圧力をかける口実を探し、その場合に方便として①の厳格な基準を適用する(盾に取る)というものである。



ニフティからの通告が恫喝めく所以でもあろう。同時にこれは、クレームをつける者の「声の大きさ」、社会的な地位、脅威などによって、検閲をしたりしなかったりするということを意味する



(資料)



ニフティからの通告メール



3通目



○○○○○ 様



 アット・ニフティにお問い合わせいただき、ありがとうございます。
 メールサポートセンター三木田です。



 たびたびのご連絡にお手数をおかけしております。 2通に渡りお問い合わせ
いただいた件について回答させていただきます。



 今回の件について、弊社窓口にご連絡いただいた第三者の情報ですが、弊社
には個人情報の守秘義務がございます。そのため、ご連絡いただいた方の情報
をお客様へご案内することはいたしかねます。この点、何卒ご了承ください。



 また、会員様が作成する個々のココログを、弊社が普段から監視するような
ことは行っておりませんが、閲覧者よりココログの内容について弊社へ苦情等
が寄せられた際には、連絡箇所を確認する以外に、権利侵害など規約に反する
点が確認された場合は、併せて会員様へご連絡させていただいております。こ
の点、何卒ご理解くださいますようお願い申し上げます。



 続きまして、画像の許諾について回答いたします。



 弊社では画像等をココログに掲載する際、ココログ掲載に関する明示的な許
諾が必要と考えています。そのため、全ての写真に関して「明示的な許諾」を
受けていないのであれば、全ての画像を削除してくださいますようお願いいた
します。



 次に、肖像権について@niftyでは以下のように考えております。



 肖像権におきましては、芸能人など有名人の氏名・肖像にはパブリシティ権
と呼ばれる権利が認められています。パブリシティ権を定めた法律はございま
せんが、この権利は裁判所によって認められています。



 パブリシティ権を一言で申し上げますと、自分の氏名・肖像がもつ経済的な
価値を他人に勝手に利用されない権利と言えます。従いまして、芸能人等の有
名人の氏名・肖像を利用しようとする場合には、本人の承諾を得なければなり
ません。



 芸能人等の有名人でない人についても、裁判所は、「氏名や容貌について勝
手に他人に利用されたり、他人の目にさらされたりすることのないように保護
されるべきものである」との考えを示しています。従いまして、芸能人等の有
名人でなくとも他人の氏名・肖像を利用しようとする場合には、やはり本人の
承諾を得るべきと考えております。



 以上の点について、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。



 最後に、見直しの期限につきましては、先日のご連絡と同様 8月28日(月)
の正午までにご対応いただきますようお願い申し上げます。



 お問い合わせいただきありがとうございました。



          アット・ニフティ メールサポートセンター :三木田
==========================================
【お問い合わせ窓口】
http://www.nifty.com/support/madoguchi/



2通目



○○○○○ 様



 アット・ニフティにお問い合わせいただき、ありがとうございます。
 メールサポートセンター三木田です。



 はじめに○○様より 2通に渡りお問い合わせをいただいておりますが、当
メールにて併せて回答いたします。



 前回もご案内させていただきましたが、このたび、○○様のココログを閲覧
された第三者の方から、お客様の記事の文章について「利用規約に反している
記載があるのではないか」とのご連絡がありました。



 お客様のココログに掲載されている文章について、弊社でも詳細を確認いた
しましたが、該当の記事が直ちに名誉毀損であるかどうかの判断は、弊社でも
いたしかねます。そのため、文章について修正等の対処をされない場合でも、
○○様のココログを一時停止措置をすることはございません。



 上記の点については、前回のご案内がわかりづらく誠に申し訳ございません
た。記事の文章については、上記内容をご留意の上、お客様ご自身の判断で修
正等をしていただきますようお願いいたします。



 また、弊社でお客様のココログを拝見した際、許諾を得ているとは判断し難
い多数の人物写真が掲載されていることを確認いたしました。弊社では、ココ
ログならびに弊社ホームページサービスにおいて掲載する人物写真について、
全て本人の許諾が必要と考えております。



 ○○様のご指摘のとおり、肖像権の侵害は私法関係であると弊社でも捉えて
おりますが、弊社会員規約では請求等が発生しなくとも、肖像権を侵害する行
為は禁止しております。



 前回、弊社側では実際に該当の被写体から掲載の許諾を得ているか判断はで
きないため、「弊社会員規約に抵触する恐れがある」とご連絡いたしましたが、
掲載する写真について許諾を得ていないものは違反行為となります。恐れ入り
ますが、許諾を得ていない全ての写真について削除していただきますようお願
いいたします。



 なお、上記内容にご同意いただけず、残念ながらお客様のココログが一時停
止措置となった場合、再開希望の連絡をいただければお客様のココログを再開
することは可能です。また、過去の記事・画像も保存されておりますので、こ
の点はご安心ください。



 最後になりますが、弊社が提供するココログの運営については、原則開設者
様の自己責任でご対応いただいております。ただ、閲覧された第三者の方より
弊社へ苦情が寄せられ、弊社会員規約、各種利用規約と照らし、対応が必要と
判断した場合は今回のご連絡のように会員様へ対応の要請をさせていただいて
おります。この点、何卒ご理解くださいますようお願いいたします。



 お問い合わせいただきありがとうございました。



           アット・ニフティメールサポートセンター :三木田
=========================================
【お問い合わせ窓口】
http://www.nifty.com/support/madoguchi/



1通目



××××× 様



 平素はアット・ニフティをご利用いただき、誠にありがとうございます。



 突然のご連絡で申し訳ございませんが、このたび下記の××様のココログに
掲載されている文章について、利用規約に違反しているのではないかとのご連
絡を弊社宛てにいただきました。



【××様のココログURL】
http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/cat6060665/index.html



【ご連絡いただいた対象URL】
http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2006/07/fuck_offredneck_cfd2.html



 弊社でも××様のココログを確認させていただきましたが、掲載された文章
が名誉毀損にあたるものか、弊社では明確な判断はいたしかねます。そのため
直ちにココログ利用規約に違反する内容であると弊社では判断しておりません。



 ただ、該当ページを確認する限り、掲載されている画像は、ココログ利用規
約第 8条 2項に抵触する恐れがあります。



 恐れ入りますが、他人の写真を無断で掲載されますと肖像権やプライバシー
を侵害する恐れがございます。他人の肖像権やプライバシーを侵害する行為は、
ホームページ利用規約第 8条にて禁止しておりますので、他の閲覧者が「侵害
行為」と思われるような内容の記載についてはご遠慮ください。



 お手数ですが、 8月28日(月)正午までに、下記の項目について対応いただ
きますようお願いいたします。期限までに対応を行っていただけない場合には、
同規約に基づき、弊社にてお客様のココログを他の方から閲覧いただけない状
態にさせていただきますので、ご承知おきください。



----------------------------------------------
・上記掲示板の写真について、掲載されている本人などから掲載の承諾を得て
 いるか具体的に当方までご連絡いただくこと。
・承諾を得ていない場合は、該当する写真を削除していただくこと。
・掲載されている文章について見直しを行っていただくこと。
---------------------------------------------



  なお、上記内容につきましては、お客様のID宛にメールにて連絡させていた
だいておりますが、念の為、ご登録住所宛に郵送でもご連絡させていただいて
おります。内容が重複いたしますこと、ご了承くださいますようお願いいたし
ます。



 最後になりますが、弊社サービスのご利用にあたっては、以下のアドレスに
より今一度@nifty会員規約、ココログの利用規約をご確認いただき、遵守して
いただきますよう宜しくお願いいたします。これらに違反した場合は、会員資
格を停止する場合もございますので、十分ご注意ください。



                                 以上



                           ニフティ株式会社
============================================
【お問い合わせ窓口】
http://www.nifty.com/support/madoguchi/

一回20-50バーツで売春していた小六少女等を保護

ウタラディットはタイ北部。タイ北部ほど売春が堂々とまかり通っていて、買春白人が堂々としている地域も世界に少ないのではないかと思う。地域の人びとも売春には無関心で、むしろレンタルワイフ連れ白人客を歓迎する態度である。それは彼ら北部タイ族住民が、売春婦やレンタルワイフたちをはなから「同胞」とは思っていないからである。同胞でない者を外国人に売り払うことにはなんの抵抗感もない。この感性こそ、タイ北部の文化である。



  • タイ南部はビーチなどの特別の場所(白人用リゾート)を除けば、住民の目は白人に対して冷ややかであることが多いと思う。イスラム教徒も多い。


  • 貧困といえば東北部が有名である。バンコクで働いている売春婦にも東北部出身は多い。バーで雇ったレンタルワイフを連れて女の故郷に遊びに行く白人も多い。これは「恋愛」ではなくタイでの「定番の遊び」の一つである。(日本人もたまにやっているが、コミュニケーション能力と長期休暇が必要なので数は少ない。圧倒的に白人の市場である。また、こういうのを素人の日本人が真似すると、泥沼にはまったり容易に手玉に取られたりすることが多いようである。白人もタイに慣れている人は北部で身寄りのない少数民族の娘を探して同棲したがることが多いようである(売春婦と書類上の「結婚」さえするが、離婚も容易である)。ただ、東北部は全体的に貧しい地域であり、北部ほど、貧富の差、固定した身分の差、少数民族(クメール系、クイ族など)に対する差別、等は顕著でないように見えた。


  • タイ北部には、身分的に固定した貧富の差が存在し、少数民族や合法非合法の越境外国人の身分の不安定と貧困が慢性的に存在している。ここには目に見えない奴隷制があり、人身売買類似行為への抵抗感も少ない。女奴隷としての売春婦を供給する構造が伝統的に存在するといえる。


1バーツは3円ぐらいだから、20バーツは60円、50バーツは150円。1回1㌦以下の売春。



この価格から考えて、客はタイ人だったように思われる。外人相手に小学生を売るとやばいことになるという感覚が生まれているのだとすれば、それは結構なことといえるだろう。



しかし、本当は特別価格で外人にも売っていたのだが、それは当局も表に出したがらないので、永久に隠蔽されたという可能性も高い。

記事:「タイの地元新聞を読む」より



http://thaina.seesaa.net/article/22822059.html



国立行政開発大学院校(NIDA)のスパンニー教授は25日開かれたセミナーの席上で、ウタラディット県内の複数のコミュニティー内で一回20バーツから50バーツで売春をしていた小六から中一くらいの年齢の少女達が保護されていた事を明らかにした上で、その少女達の多くが家庭内不和や両親の離婚、更には母親も同じく売春をしていたという問題を抱え、また中にはエージェントが学校にまで迎えに行き中心部で売春をさせていたケースがあったことを明らかにしました。

カバンを買う

日本に帰って二日の間に、次の旅行のために必要なものをおおよそ買い揃えた。



カバン、靴、財布、シャツなど。海外で買い揃えられるものばかりだが、日本で買ったほうが安かったり、日本ならではの品質のものもある。



帰ってきた時の状態のままでまた行くこともできるのだが、長い旅になると、率直に言って、ちょっと良い物を持っていたくなる。



見せびらかすというわけではない。ちょっと品質の良いもの、貧乏ツーリストがそろって身に着けているような安物とは一味ちがう(と思う)ものに「心を癒される」ということが、私の場合には現実にある。



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日本に帰るたびにいつも買うものが「カバン」。



海外で買うことも多い。その大部分はまったく使わず、そのほとんどはほとんど使わないまま自分の部屋に転がっているか、どこかの町で誰かが使っている。



旅行をしていると、カバンを良くしたいという抗いがたい衝動に襲われることがある。こんなカバンを買ったらきっと荷物も少なくなり自分の旅はもっとステキなものになるのではないか、という錯覚にとらわれるのである。そして、本気で考え込んでしまう。



私はもともとそういうタイプの人間で、少女趣味かおばさん趣味に近い性格である。



海外旅行などしなかったころにもよくカバンを買った。大学の4年間に買ったカバンの数は、おしゃれではない男子学生としては決して少なくない数だった。実際に使ったのはそのうちのごくわずかだった。



日本でも海外でも、時として自分が持ち歩いているカバンがとても憂鬱なものに感じられてくることがある。すべての問題はこのカバンのせいではないかという気がして、新しいものを買ってしまうのである。服の場合はそれほど強くは感じないから不思議である。



そういう気分になってしまうと、すべてを捨てて店に行き、ステキなカバンを見つけてすぐに買う。買ったときにはこれですべてが解決できるような気がするのである。ところが、店を出て駅まで歩くうちに、自分の買ったカバンがどうしようもなくダサいものに感じられてくる。



だんだん憂鬱な気分になり、家に帰ってから、買ったカバンに対する義務感もあってしばらく悶々と悩むが、結局、新しいのは棚上げにして放置し、今まで使っていたものをそのまま使い続けるというのがよくあるパターンであった。



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旅行では荷物が少ないということが大切なことである。



どうすれば荷物を減らすことができるだろうか。



持ち歩くカバンを小さくすれば荷物も減るのではないだろうか



いうまでもなくこれは錯覚だが、いろいろな選択のある長期旅行では本当にそんなふうに思えてくることが(私には)ある。



しかしまた、必要なものが常に手元にあるということも大切なのである。何が必要になるかは行き先次第である。マレーシアでは懐中電灯はいらないが、マレーシアから飛んでネパールの田舎に行くなら必要になるかもしれない。ミャンマーではしばしば停電があり懐中電灯と蝋燭が必要なことがある。懐中電灯は現地のマーケットでも手に入るものだが、日本のものは性能がよく、到着した日にはたいてい買い忘れるものでもある。また、ネパールの山の中で夜トイレに行きたくなったら、普通の懐中電灯では駄目である。本当の闇の中では、強力なライトが必要で、ヘッドライトと懐中電灯の二つぐらいはないと身動きが取れないことがある。本当の暗闇の中では「野グソ」もできないから注意が必要である。



このように、思いつくまま放浪する旅にはあらゆるありうる状況に対応する品を備えておくことが有効なのだが、それをやろうとすると荷物が多くなる。荷物が多くなると大きなカバンが必要になる。しかし、大きなカバンは憂鬱で、見た目もよくなく、憎むべき文化破壊者の姿を作り上げる。



今回も、ひょっとしたらまたトレッキングに行きたくなるかもしれないと思ってこまごまとした「すぐれもの」や日本製の日焼け止めクリームまで日本で買い揃えて海外に出たのだった。が、結局マレーシア近辺の町をうろうろしただけで終わってしまった。タイ深南部はもちろん、バンダアチェでもたいていのものは買えた。



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昨日買ったカバンは40リットル入りで、(アジアの)「高級ホテル対応」の形のもの。



つまり、バックパックとして背負うこともでき手提げバックにもなる形式の、四角っぽいちょっと高級感のある生地のもの。ちょっといいホテルに泊まるときに多少は体裁がよいことを重視した。



山用のアタックザックみたいなバックパックは、中級以上のホテル等でみっともないだけでなく、旅行に必要な荷物を納めにくく出しにくい。移動するたびに上からあれこれぎゅうぎゅう詰め込むときは、なんともいえない憂鬱な気分になる。奥のほうに詰まっているガラクタは何ヶ月も日の目を見ておらず、何が入っているのか自分でもよくわからなくなっている。



そういう情けない現実からは解放されるはずである。



しかしまだもう一つ、重要な問題が残っている。貴重品やパスポートをどうするかということ。旅のベテランのような人でもこれは本当に人それぞれである。



長旅をしている人でも、「旅の初心者」のように布袋に入れて首からかけている人もいる。パスポートをシャツの胸ポケットに裸のままで入れて歩いている人もいる。外出するときはバックパックと部屋をロックして貴重品は一切持ち歩かないという人もいる。しかし、トラブルに巻き込まれて警察にパスポートの提示を要求されることもないとはいえない。



パスポートを胸ポケットに入れていた人は、タイでしょっちゅう警察の職務質問を受けていた。その人は凄腕の買春オヤジで、女の尻を追いかけて世界中を回っていて、中米のある国では子供を3人作りいまも送金しているのだと自慢していた。私はタイの路上では警察の職務質問を受けたことがないので、タイ警察も独自のアンテナを持っているのかもしれない。



私はパスポートはユーパックの封筒に入れてデイパックに無造作に放り込んでいつも持ち歩いている。現金もほとんど全部常に持ち歩いていて、ガイドブックに書いてあるような貴重品の分散所持ということはほとんどしたことがなかった。



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旅行などに関心のなかったころ、私は絵画教室に通っていたことがあった。



その教室に一人、心を病んでいる女の子が通っていたのだが、その女の子はいつも大きなカバンを持ち歩いていた。必要になるかもしれない雑多な品を思いつく限り詰め込んで大切そうに持ち歩いていた。



カバンには人間の心の深いところに関係する象徴的な力、あるいは呪力のようなものがあるのかもしれない。



「人権擁護法案」

かつては「人権」を声高に叫ぶのは左翼、「進歩派」、「革新」政党という通念があったと思うが、最近はそうでもないようである。

自民党と公明党の議員でつくる「与党人権問題懇話会」のメンバーがおととい、議員会館の一室に集まり、人権擁護法案の国会提出に向けた動きを再開した。だが取材記者によると、会合が終わって出てきた座長の古賀誠自民党元幹事長は、だんまりを決め込んだという・・・・(産経新聞9/1・産経抄)

古賀氏というのはたしか遺族会の関係者ではなかっただろうか。旧竹下派で、自民党のもっとも保守的というより、もっとも料亭政治的な部分を代表する人のように思われる。



そういう立場の人たちが、いまなぜ「人権擁護法案」をどうしても成立させたいと思うのか。彼らは長年、利権がらみの政治をしてきた人たちのはずである。今度の場合も当然ながら利権抜きの思惑ではないと思われるが、具体的にどのような利権を求めているのだろう。



この「人権擁護法案」では、「人権委員会」という国家機関に「人権侵犯者」に対する直接の捜査をする権限が与えられる。インターネット上の「人権侵害」への対処も検討されているという。



この法律によって直接「弾圧」されることよりも、むしろその前に、この法律の「威嚇的な効果」が絶大である。日本のプロバイダー会社はますます臆病かつ神経質に「苦情」に反応するようになり、インターネット上のログを監視・検閲するようになるだろう。



今回私が受けたニフティの検閲で言えば、ニフティは、日本の伝統的な「文学的自由主義」の発想に従い、「言論」と「その他の表現」(映像、音楽など。特に映像)とを区別し、「言論」については比較的謙抑的に、「画像」については厳格に検閲するという方針を採った。



利用規約はブログ提供会社と利用者との自由な契約とはいえ、現実には、提供会社を選んだ段階で、一方的に利用者に与えられ、その解釈権も適用・執行も提供会社にゆだねられる。このことは日本の会社だけでなく、海外のブログ提供会社でも同じである。



ただ、海外のブログ会社と日本の会社との違いは、日本の会社がよかれあしかれ苦情や評判に敏感に反応し、変な「日本の良識」をふりまわしてくることである。たとえば今回の一通目のニフティ通告にあった「他の人に侵害行為と思われるようなことはやめろ」といセリフに象徴されている反応であり「良識」である。この場合「何の侵害」なのかも厳密には意識されていないし、される必要さえないというのがこの手の「日本の良識」の特徴であるともいえる。「侵害行為」といいさえすればいいのである。



グーグルのブログなど、今回私は二つ作ったが一つはまったく表示されない。質問メールを送っても、いったんは返事が来たがその内容はrepublishのボタンを押せというだけ。何度やっても表示されないので、再度メールを送ったら完全に無視された。よかれ悪しかれ会社がふだんからこういう対応をしていれば、少なくとも、会員ブログのコンテンツへの第三者たる閲覧者のクレームなどに右往左往する必要はなくなる。もし児童ポルノなどが上がっていたら問答無用で停止するだけである。(と思ったが、今見たらグーグルからまたメールが来ていた。どこからアクセスしてるとかいろいろ聞いている)。



ニフティの通告メールによく表れている、「微温的」な、ぬるま湯馴れ合い的な日本の表現の風土において、「人権擁護法」などが成立するようなことになれば、「苦情者」はますます居丈高にネット会社に苦情を殺到させるだろう。そしてこの法律の威嚇的効果により、日本のネット会社はこれまでよりはるかに神経質に対応に追われることになる。これまでは謙抑的であった「文章」自体の検閲も、長年蓄積したブログの停止を盾にした恫喝により強行することになるだろう。



これからログを蓄積する人、まじめにブログを書く人は、海外の会社も含めた複数のサイトで同時並行的に、同じ記事を蓄積していったほうが良いと思う。一つのサイトに依存することはリスクを伴う。



ブログ提供会社を選ぶときに、その会社のブランドイメージなどに幻惑されるのがいちばんまずい。アダルトサイトばかりの会社でも使いよくて自由な表現が保障されるならば何の問題もない。



逆に、使いやすさや表現の自由を棚上げし、ブランドイメージで商売しているような会社はやめておいたほうがいいということになる。利用者の使いやすさでなく、既存ブログのコンテンツや有名会員のイメージで商売しようとする会社は、必然的に苦情にも神経質になり、一般会員の表現に対する規制も厳しくなる。

東京

8月30日マレーシア時間午前11時発のマレーシア航空で成田へ。

生真面目に3時間前に空港に行ってみたがちょっと早かった。「ランダムチェック」なるものがあった、引っかかってるのは私のほか出稼ぎ風のアジア人旅行者ばかり。

ふらふらして出発ロビーに戻ると日本人だらけ。夏休みをこちらで過ごしたらしい学生がいっぱい居た。ビーチサンダルで飛行機に乗る女の子もちらほら。脛から上はわりとこざっぱりしているのだが。とはいえ私もテ―ヴァのサンダル。彼女たちは私の知らないマレーシア(ランカウイとか)を楽しんできたのだろう。

KLIA(クアラルンプル国際空港)は、東南アジアでは今のところ私の一番好きな場所かもしれない。新しくてなかなかキレイなところである。

KL中華街からは、パサルスニ駅から旧「プトラLRT」(現在はKelana Jaya Lineというらしい。ちなみに「スターLRT」は現在Sri Petaling Line)でKLセントラル駅へ行き、「KLIAエキスプレス」に乗るのが穏当な手段。プトラでNilaiまで行きバスに乗るとかの方法もあるが、タイ沈没組ならともかくマレーシアに来て飛行機に1000円ケチるのもあまり意味がないと思う。

そのKLIAエクスプレス(「京成スカイライナー」みたいなもの)のなかで最後の最後にこんなのを見せられる。

http://img130.imagevenue.com/img.php?image=54844_IMGP2390_122_530lo.JPG

http://img136.imagevenue.com/img.php?image=55213_IMGP2391_122_432lo.JPG

http://img131.imagevenue.com/img.php?image=55240_IMGP2392_122_316lo.JPG

http://img7.imagevenue.com/img.php?image=55258_IMGP2394_122_514lo.JPG

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最近マレーシアの新聞ではKLIAでの出発の遅延が話題になっていたが、飛行機はほぼ時間通りに出発する。マレーシア航空と全日空との共同運航便。

乗客の半分くらいは日本人のようだった。そのほか、インド系がわりと目立ち、マレー語の新聞を読んでいる客、髭のアラブ人客も居た。

エコノミーにスッチー(女性客室乗務員のことをいう)は4人。3人は日本人で、そのうちの2人はここ久しく見たことのない美人だった。

ところが、私の席のあたりには3人もいる日本人スッチーはぜんぜん回ってこない。来るのはマレー人スッチーだけ。しかも食事のときくらいしかこないので水も頼めない。マレー人によくあるガサガサ肌のねーちゃんだった。

マレーシアにしてもタイにしても、女性の肌がどうしてひどくやられているのか。食い物のせいなのか、食品の規制がゆるくて合成物質をたくさんとっているからかなど、いろいろ原因を考えてみたが、やっぱりいちばん大きいのは四季がないことではないかと思う。つまり年中似たような気温なので、同じストレスが肌にも年中加わっていることになる。

日本時間7時過ぎに成田に着く。8時ごろの京成スカイライナーで日暮里へ。

今回、東京の印象は良かった。電車などの独特の臭い(長年の酔っ払いとゲロの臭いが鉄に染み込んだような臭い)がちょっと残念ではある。マレーシアの都心や電車など歴史のない場所にはこういう臭いはない。

しかし何よりもやはり、きれいで便利な場所なのに白人がいないところがあること。これは東南アジアではほとんど考えられないことだと思う。東南アジアでは(シンガポールについては行ったことがないので知らないが)、きれいな場所、便利な場所では、程度の差はあれまずもって白人が一等の客である。便利でこぎれいな場所なのに白人を見かけないということはまずない。

東京はとても静かな都会だった。私鉄の最寄駅から10分以上歩く私の住所に近づくと、文字通り耳を圧する静寂にうろたえるほどである。私がこれまで旅で歩いた場所では体験したことのない感覚である。チベットにもネパールの山の中にもこの感覚はない。便利なところはどこもうるさくガサガサしていて人心も落ち着きがなくたいてい毛唐がのさばっている、静かなところは不便で危険である、というのが多くの国では普通ではないだろうか。

半年ぶりに自分の町に帰って、以前と同じ店が営業していて同じ店員が同じように働いていることにちょっと感動を覚える。タイではもちろん、マレーシアでも人の移動、店の廃業はもっと頻繁である。一ヶ月ほかを回って戻ってみたら自分のお気に入りの店や心安い店員が消えていてがっかりするということがよくあった。家の近くのコンビニに入ると昔からいるおばさんがまだいる。この人は10年も前からここにいて、苦手なのだ。テレビをつけると半年前と同じ芸能人が顔を並べていていた。

いつも逃げ出すような構えで日本を出るので、帰ってきたあとはいろいろと大変である。

http://journal-ibrahim.blogspot.com/2006/08/blog-post.html

14歳で身長50センチの少年がギネスに申請 ネパール

14歳で身長50センチしかない少年が、the world's smallest personとしてギネスに申請したと昨日家族と支持者が発表しました。少年の名前はカジェンドラ・タパ・マガルKhagendra Thapa Magarで、現在でもたった4.5キログラムしかなく、生まれたときは600グラムしかなかったそうです。基金を集め(raise fund)生活費を稼ぐためにこれからネパール中を旅して回るのだとか。(New Straits Times8/29)



もちろん働くのではなく、自分を見せてお金をもらうということだと思うけど、なんか障害を見せびらかしている乞食とあまり変わらないような気がする。fundraising,raise fundというのは便利な言葉。



タパ・マガルなので、モンゴロイド系のヒンドゥ教カースト。「マガル」は、同じモンゴロイド系でも仏教系のカースト(とくに「ライ」に対して)より「カーストが上」という意識を持っている人たちでもある。タパThapaにはチェトリのタパとタパ・マガルとがある。



このブログもだんだん東スポのようになってきた。

Sunday, September 03, 2006

白人はなぜ白人か

進歩主義者や、市民主義者、「地球市民」主義者らは、われわれが「白人」というカテゴリーを用いて問題を取り扱うことを、唾棄すべきことのように言うであろう。そのような論者に対しては直ちに右翼、さらには「人種主義者」のレッテルが貼られる。しかし、このような進歩主義者は、「人種差別」「人種主義」の意味すら理解していない。

しかしながら、われわれは正当に、「白人」という範疇を用いて、問題を取り扱うべきなのである。「白人」範疇を用いなければ解明することができない多くの諸論点・諸問題が、論ぜられるべきものとして歴史的にわれわれの前に提示されているからである。

「白人」範疇を最初に作り出したのも白人自身であることもよく確認しておく必要がある。「白人」は白人の自称である。これに対して、黒人、黄色人種等は、白人による他称である。

われわれは「白人」と対決しなければならない。われわれの真の敵は、「白人」なのである。

では、白人はなぜ白人か。

まず第一に、遺伝によってである。

彼らは日本の一般人以上に、はっきりと血統を重んずる。さらに、伝統的に、日本人よりはるかに「容貌」にこだわってきた。血統と婚姻関係と容貌とが、ずっと昔から、大のおとなの男子によっても強く意識されてきたのである。そのような意識の下で、彼らは交配を繰り返し、半ば人為的に現在の「白人」を作り上げてきたのである。さらに、その自らの人為について、誇りすら持っている。

これは白人に直接に接してみればわかることだが、彼らは容貌について実に細かいところを気にしている。日本人のように、鼻が高いか、目が二重であるか、顔が小さいかというような大雑把なものではない。彼らは、高級飼猫や競走馬の毛並みを気にするような目で、人間の容姿をも見るのである。日本人が、金があるのに歯並びなどの容姿を修正しようとしないのを、彼らは奇異に感じている。日本人が自然であることを評価するのとは全く違った容姿に対する感性を彼らはもつ。そもそも彼ら自身が(理性による)人工的な製作物なのだ。

彼らの「血統」と「伝統文化」と「容貌」のコングロマリットに関する強烈な意識は、たとえばトーマスマンの「ブッデンブローク家の人びと」のような小説にもその率直な表現を見ることができると思う。

彼らの先祖はイラン高原(またはロシア南部)を出てヨーロッパに広まったといわれる。またインドにも侵入しインダス文明を滅ぼした。彼らはヨーロッパにおいては先住民を消滅させ、人口稠密であったインドにおいてはカースト制度を考案し、これを先住民に課して苛烈な支配収奪を行なった。

このようにヨーロッパ白人は、「征服して根絶やしにする」こと、すなわち「ホロコースト」「民族浄化」によって自らを確立した人種なのである。

すなわち白人は、その人種としての成立においてすでに、「ホロコースト」の刻印をもつ。

白人はその遺伝的な貪欲さ、攻撃性、粗暴さ、征服欲の強さ、そして他者を顧慮しないで平気でいられる傍若無人な特性によって、その覇権を拡大したのである。

白人はこのような遺伝的素質によって人種的な版図を拡大した後、彼らのうちの特権層・貴族階級が、自らの眷族の中において、牧畜経営で覚えたとおりの人工的な交配を繰り返すことによってその血統的なアイデンティティおよびある種のブランド価値を確立していくのであるが、白人「市民」革命は、この特権貴族層の血統的アイデンティティ即ち身分的「優越」の意識を、「白色人種」の人種的アイデンティティ即ち人種的「優越」の意識へと移行・拡散させ、これを全白人に平等に共有せしめたのである。その背景にはいうまでもなく、新大陸の「発見」と植民地支配と奴隷制とがあった。

「世界の拡大」にともなう新しい他者たる「新しい野蛮」の発見と、新植民地および「奴隷」の獲得とが、物質的にのみならずイデオロギー的にも、白人全体のある種の貴族化・特権層化を可能にした。

「野蛮」と「奴隷」との現出が、白人全体の「市民」化を可能にしたのである。(「市民」とは昔から有産者のことであり、城塞で保護された都市・市場の中に「特権的な地位を有する者」のことである。ただし必ずしも城塞の内側に住む必要はない。都市の原型ともいうべき塀で囲まれた小さな市場は、夜は鍵をかけられて閉鎖され無人になるのが通例である。)

即ち、白人「市民」革命は、イデオロギー的にも、「野蛮の再発見」と植民地支配および人種的奴隷制なくしては成立し得なかった。「自由な市民」は常に「野蛮」と「奴隷」とを要件とするのである。

「イデオロギー的にも」これらが必要であるという意味は、「自由な市民」たる白人は、「白人」たる以上永久に、「野蛮」と「奴隷」とを、自らを規定し境界づけるものとして探し求め、定義し続けなければならないということである。

それらが仮に「非難さるべき野蛮」「啓蒙されるべき野蛮」「保護されるべき野蛮」あるいは「解放されるべき奴隷」という形をとるとしても、「野蛮」と「奴隷」(隷従)との存在が「自由な市民」たる「白人」の存立要件であることには変わりはない。このことが白人の「日本たたき」の背景をも形作っている。

彼ら白人には、われわれ日本人が普通に考えるような「人間的な」感情はない。根が極端にセルフィッシュなので、彼らがまともな社会を築くためには、外から強力な道徳規範を特別に叩き込まれる必要があった。そうされないと何でもやってしまうDNAだからである。

この外から叩き込まれなければならない道徳規範が、キリスト教であったり、現在の人権思想や環境保護思想だったりするのである。

白人は、われわれにとっては自然な感情のように思われる道徳規範さえ、宗教的権威によってドグマとして与えられなければならなかった。彼らは「自然な」罪の意識というものを持たない。キリスト教の教義によって教えられた「罪」しか持たないのである。

日本人にはホンネとタテマエの区別があるといわれる。それは、日本人がしばしばホンネを漏らしてしまうということにすぎない。白人にその区別がないように見えるとすれば、それは彼らが言葉ではタテマエ以外は決して語らず、ホンネの部分は有無を言わさず強力に実行し、永久に隠蔽してしまうからである。彼らのホロコーストの後には何も残らない。したがってホロコーストもなかったことになる。

アジアにおいてはさまざまな系統の言語が錯綜していて日本語のような系統不明の言語も散見されるのに対し、ヨーロッパは、後に侵入したモンゴル系の言語やバスク語などごくわずかな例外を除き、ほとんどが「インドヨーロッパ語族」一色である。

このこともまた、ヨーロッパ人種がその始原において「ホロコースト」「民族浄化」を要件として成立したことを意味する。「ホロコースト」「民族浄化」の衝動は、白色人種の持って生まれた刻印(性格)なのである。

実際のところ大陸世界で、謙虚で欲のない性質の優しい民族というものが仮に存在したとしても、真っ先に強欲粗暴な民族の餌食になって淘汰され、絶滅させられるか辺境に追いやられてしまっているだろう。そのような希少な有徳の民族は、日本列島のような隔離された辺境にしか存続しえなかったのである。

第二に、白人は「白人」として扱われることによって、この世界に確立している「白人」範疇に属するメンバーとして認知され、白人になる。これも大きい。

「白人」としての十分な容貌を備えた者は、世界中どこへ行っても「白人」として扱われる。また、そのような扱いによって、彼らは自らが「白人」であることを再認識する。

彼ら自身がそのことに否定的であれ(その場合ほとんどは口だけだが)、肯定的であれ、彼らはその枠の中で生きていくのである。

たとえば、アジアの辺境の貧しい山村に白人系の孤児がいたとする。もしその孤児が白人らしい容姿をしているならば、どこからともなく白人の篤志家やボランティアたちが現れ、大変な情熱でその子供を支援し、また、白人にふさわしい教育を与えるであろう。ついでにその村も支援する。

貧しい村を支援するという形に糊塗して、白人系の孤児を救うということもある。このような仕事には多くの場合、福音派系のミッショナリーが関与する。(高床式の伝統的な村落に、けばけばしいペンキを塗りたくった礼拝堂や集会所を建て、英会話や聖書の教育をし、村の伝統宗教や先祖崇拝をやめさせ子供の名前も変えさせて「文明」を教えてやる。)

そして、「救われた」混血児は、自らが村の他の人々に比べ、「選ばれた」そして「文明化された」存在という意識を持つようになるかもしれない。また、豊かな生活にあこがれる村の人々は、選ばれた混血児のように、祖先の名前を覚えず、精霊を信じず、英語名を名乗り、伝統的な慣習を無視して、教会小屋で祈ることが、「文明」への道であると錯覚するかもしれない。

このようにして、アジアのあちこちに孤児を産み捨てていく白人の罪も贖われるのであるが、しかし、その子供が不幸にも母親に似てしまい、白人らしい容貌をもたなかったならば、子供は完全に無視され、彼に関しては最初から何事もなかったことにされるであろう。

アメリカ政府もまた、日本占領期、小笠原のドイツ系日本人に対しては、彼らが白人であるがゆえに特別の有利な待遇を与えたことを忘れてはならない

この事実に対して、白人側にどんな言い訳が用意されているのだろうか。「ドイツ系日本人」だから、二重に「敵性」種族と見られてもよいはずだが、そうはならず、逆に優遇されたのである。ひたすら彼らが「白人」であるが故に。

タイは白人至上主義の東南アジアにおけるイデオロギーエンジンである(その燃料はセックスと「安さ」)

何年か前、タイの銀行の両替窓口に並んでいたときのこと、タイ人係員が私より後ろに並んでいる白人を呼びよせて、私より先に受け付けようとした。

そのときはまだタイに慣れていなかったこともあり、私はその白人に「俺のほうが先だ」と言って注意した。すると、その男はニヤッとしながら「彼(係員)が俺を呼んでいるんだ」と平然と開き直った。これは立派な白人といえる。

後ろに並んでいる白人のほうを先に並んでいるアジア人ツーリストよりも優先受付するということはタイではまったく珍しくない。そういうことはタイではいろいろな場所でたびたび経験した。旅行代理店で用件を話しているときに白人が入ってくるとこちらをそっちのけにして白人を先に受け付けるなど。このような場合、初心の日本人ツーリストはただ唖然として見ているしかないことがほとんどだろうが、タイ初心者の白人のほうは、自分が優先されているということ自体にまったく気づかないか、「ツーリスト優先」(彼らの頭の中ではツーリスト=白人)なのだと考えたり、アジア系はみなローカルだと決め付けて「タイ人はフレンドリーな人たちだ」と喜んだりするくらいであろう。

しかし先にあげた両替窓口の白人の場合は、すでに十分に気づいている。わかった上で開き直っている。白人が白人ゆえに優先される扱いを自分たちの当然の権利と考えている。

その「権利」を前面に押し出して「タイでは白人が優先されるのがルールだ。何か文句あるか」といっているわけだ。

タイは世界中から、安さとセックス、つまりは決して上品とはいえない条件で屑な白人たちを意識的に大量にかき集め、その「屑白人外道ツーリズム」を、金持ちのフトコロが痛まない救貧政策ともしてきた(セックスツーリズム)。

屑白人ツーリズムのルールとして、最低の屑白人をどんな有色人種客よりも上客として扱うという白人優先主義がタイの多くの場所で普通に行われている。

このような白人優先の扱いを日ごろから普通に受けていれば、どんな白人でも、白人が優先されるのが当然のルールだという感覚になっていくのは自然であろう。もとが屑白人ならなおさらである。

そして、多かれ少なかれ、そのような感覚を備えた白人こそ「白人」の名にふさわしい本物の白人なのである。

このように、「白人優先が当然だ」という感覚は、東南アジアではタイに始まったが、現在周辺の白人ツーリストの多く来る地域に急速に広まりつつある。

この数年で東南アジアの人々の感覚は大きく変化し、特にインドシナは急速にタイ化しつつあると思う。

たとえば、現在、ラオスは大量の汚い貧乏白人バックパッカーが押し寄せる国になっていて、ひょっとするとタイ以上に白人密度が高くなっているかもしれない。

ラオスのバスチケット売り場では、乗客の名前をいちいち記録するのだが、ある田舎のバスチケット売り場の若いラオス人は、汚い白人パッカーにはCould you please tell me your name?などという結構な英語を丁寧に使い、われわれにはWhat's your name? Write here.であった。

彼らにとって「ツーリズムを振興させる」とは、必然的に、タイツーリズムの「作法」をそのまま学ぶということに他ならない。それ以外の選択はないのである。

白人ツーリズムの盛況とともにアジア全体に蔓延しつつあるこのような白人の特別扱い・白人優先の実例、慣例化が、若い白人ツーリストたちの「白人」としての自覚をさらに高め、白人を「白人」として鍛え上げていくのである。

そしてタイこそは、「差別OK」「人種差別の何が悪い」「差別は文化」という思想の東南アジアにおける宗家であり、発信地なのである。

どんなに「リベラル」な白人でも、タイでの白人優先には納得しこれを素直に受け入れてしまう理由が用意されている。それは自分が不利益を受けないからばかりではない。

「『一見不当に見える差別扱い』にこそ『西洋的合理主義では理解できないオリエンタルな秘密』があるのであり、それに異議を唱えるのは野暮である」という思想を、タイはもっともらしくブランド化し、白人客のみならず白人優先を甘受する日本人客等にも向けても、高くラベルを貼って売り出しているからである。

欧米「リベラル」派白人としても、この「神秘の微笑みに包まれたオリエンタルな異文化」をやみくもに否定できない。それはちょうど、彼らが「『古式タイマッサージ』は医療とは無縁の擬似性風俗あるいは売春の口実に過ぎない」という真相について、うすうす気づいていてもそれを断言しにくいことと似ている。

このような「タイ式オリエンタリズム」の総本山がホテル「オリエンタル・バンコック」であることはいうまでもないだろう。

タイの「ホスピタリティ」は、日本(東京)のように客を平等に歓待することによっては表されず、「客に差をつけること」によって表現される。

そのようにして客の足元を見、あるいは見るフリをし、客を不安にさせたり喜ばせたりするのが彼らの流儀のようだが、そのほうが結局は誠実な接客より安上がりで楽だったりする。

上客を特にもてなす努力をしなくても他の客を「下げる」だけで「特別扱い」の意思を表現でき、あとはニヤニヤしていればいいだけだからである。

有名なタイの「差別診療」も、本当に金額に見合った治療が受けられるのかどうか私は大いに疑問である。高い費用の大部分は単なる「差別代」であろうと思われるからである。

このようにタイは、「差別」を「オリエンタルな文化」として公然と売り出している。そして、それによって、人種差別云々というような「ケチな」問題をイデオロギー的に「棚上げ」してしまう文化戦略に出ているのである。

それは、白人優先主義を制度化すると同時に、国民の間のさまざまな不条理な差別を日常の些事と感じさせ、少数民族問題や貧困問題などタイの国内問題をも同時に棚上げするイデオロギー政策にもなるとタイの支配層は考えているように見える。

しかし、このようなタイという「オリエンタルな」差別主義のイデオロギー的「エンジン」を東南アジアの中心に据え付けているのもまた、白人の世界的イデオロギー戦略の一環にほかならない。

タイは白人を「白人」として扱うことによって本物の「白人」にする、東南アジアにおけるエンジンである。

日本にいては想像できないほどの、大量の老若男女を問わない白人ツーリストが、季節を問わず、毎日、タイに押しかけている。タイは白人の学校である。彼らはそこで「白人」として鍛えられ、アジアや有色人種を見る「白人」的「視座」を確立していくのである。

第三に、「白人」はシステムである。白人は「白人システム」のなかにあることによって、「白人」の十全な意味を獲得する。

事実上、(自称ユダヤ人のスラブ系白人を含めた)白人が主導し、白人の利益を増進し、主として白人に利益が還流する組織を持ち、白人の価値と美意識を宣教して白人イデオロギーを護持する社会や国家は、白人社会であり、白人国家である。そこに有色人種の構成員が相当数いて、個人的に富み、活躍しているように見えたとしても、そのことはその国家が白人国家であることを妨げない。言うまでもなく、アメリカは白人国家である。

数百年にわたって全世界を覆う、この白人システムに対して、正面から宣戦を布告し、自覚的に戦いを挑んだ有色人種国家は、実は日本だけなのである。

白人が現在もなお、執拗な「日本たたき」をやめようとしない理由はまさにここにある。白人の「反日主義」が、彼らの伝統的な人種主義の悪質かつ必須な要請であることは、すでに明らかであろう。

「反日主義」は人種主義である。「反日主義」を創始したのも実は白人であることに、われわれは十分注意しなければならない。これは、白人システムに対する有色人種によるいかなる挑戦をも容赦なく叩き潰すという、白人の強烈な意思の表現であり、その目的のために白人が特別に創設した戦略的なイデオロギーなのである。

中韓の反日は、白人の創始したこの「反日主義」イデオロギーを借りているにすぎない。反日主義という白人の人種主義イデオロギーを借りて日本を攻撃する中韓は、自らが愚かにも白人のアヘン商売の荷役を買って出ているにすぎないことに気付かない。

「白人システム」は、白人ツーリズムにおいて却って顕著に現れる。白人はいかなる個人旅行においてもこの「白人システム」をできる限り持ち歩こうとする。

このことは彼らが「カウンターカルチャー」だとか思い込んでいるらしいアジアへのバックパック旅行においても同様である。

彼らは自分の国での生活様式をそのまま、アジアの安いゲストハウスの自分たちの空間に持ち込もうとする。白人ツーリストが例外なく、巨大なバックパックを担いでいるのはそのためである。彼らは自国と同様の白人的な生活空間を、多少のエキゾティシズムを加えることはあっても基本的には、滞在先の各所にそのまま実現しようとする。

この点、白人はマイキムチを持ち歩く韓国人ツーリストに似ているが、白人の特徴は「空間の支配」の志向である。

彼らがアジアでは安宿を好み、大いにアジアの「安さ」を求め、背景に「アジア的」なアンビエンスを好んだり、アジア的な習慣のマネゴトをしてみたりするとしても、そこに持ち込む自分の空間はあくまで「白人世界の空間」でなければならないのである。

次に白人は必ず、そこに作り上げた自分たちの空間を外部に向けて拡大しようと働きかける。これは、白人文化に刻印されたコロニー作り・植民地主義の志向性にほかならない。

どんな辺境の地にあっても、貧乏旅行者を自称する白人ツーリストたちはコカコーラを要求するであろう。白人ツーリストの来るところには必ずコカコーラが流通する。

ロシアから来た白人も、東ドイツの田舎から来た白人も、アイルランドから来た者も、旅先ではコカコーラを飲むのである。それが白人ツーリズムのルールだからである。それに従いコカコーラはローカルにも浸透する。

白人ツーリズムは、白人援助・白人NPOとともに、なによりも白人世界・「白人空間」の非白人世界への拡大を目指す、現代の植民地主義にほかならない。

「白人」は自然人類学上の人種であると同時に、文明論上の客観的な範疇なのである

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関連記事:

本来的な意味の「人種差別」について (「人種差別」とは白人が発明したものである。人種主義は、固有の歴史をもつ特殊のイデオロギーであって、普遍的な現象ではない)
http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2005/11/post_6cbd.html

白人が増えることの脅威 (日本に白人が増えることは脅威である。白人は数が増えると、彼らの横着〈おうちゃく〉を必ず「権利」として要求し始める)
http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2005/11/post_3c89.html

「NYタイムズ日本たたき顕著」(産経新聞) (白人の「野蛮定義」の意味。欧米リベラルの隠れた「動機」について)
http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2005/11/ny_da1a.html

白人は「公共空間の支配」を要求する (差別撤廃訴え、初の会議 ロマ民族、42カ国から参加。アーリア主義と白人至上主義。)
http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2005/12/post_4930.html

"Discrimination"、BBCの日本批判【忘れないために】
http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2006/09/discriminationb_bbd7.html

白人顧客たちに支援されて延命するネパールのアーリア人至上主義
http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2005/09/200534_2904.html
(抜粋)
ネパールでアーユルヴェーダ医師にかかるなら私は国立の「ナラデヴィホスピタル」が良いのではないかと思う。地元の評判も良い。

「地球の歩き方」でも取り上げられていて欧米人ツーリストにも有名なのは「ピユスバルシ」、マドゥ・ヴァジラ・バジラチャリヤ(Madhu Vajra Bajracharya)のアーユルヴェーディククリニックかもしれないが、この人の資質に私は疑問がある。

彼のメールの英語は非文法的で高等教育は受けていないように思われる。
欧米人の取り巻きが多いので、次の彼のページも取りまきの欧米人によって書かれたものと思われるが、
http://www.bajracharya.org/ayurvedicclinic/index.html
こんなことも書かれている。
The hymns, literal formulas and medical knowledge of Vedas were contributions of Rishi and Munis of different time. It is well known that Rishi and Munis were those learned sages and saints who devoted their life for understanding the reality of the world. Aryavarta, the native land of Aryans, covers the wide surrounding area of the Himalaya where there the Rishi and Munis lived. The surrounding area of the Himalaya where there the Rishi and Munis lived. The surrounding area of the Himalaya, at present political situation, covers the countries Nepal, India, Pakistan, Bhutan, Bangladesh, Srilanka, Tibet etc. The civilization of these countries is deeply influenced with the unique intellectual contributions of the Rishis and Munis.
チベットやブータンも「アーリア人」の土地だったという。

これと同じ主張を私は別のところでも読んだことがある。
ドイツ人ジャーナリストによって書かれた「イエスは仏教徒だった」という本。その内容は、イエスは釈迦と同じく「アーリア人」だったのでありユダヤ人ではなかった、チベットも本来アーリア人の土地でありその霊的な伝統もアーリア人のものであるというもの。彼らにはイエスがユダヤ人だったことが受け入れがたいのかもしれない。ヨーロッパの自称仏教徒の中には、アーリア人至上主義や反ユダヤ主義の別の表現として仏教に向かう者もいるようである。

「白人のいる風景」をなぜ企画したか

ニフティ・ココログより転載)

これがキッカケでこのブログが閉鎖されようとしている「白人のいる風景」ですが、私がなぜこういうシリーズを作ろうとしたかについて説明します。
ひとことで言えば、目で見てみなければわからない現実があり、日本ではほとんど語られていないことがここにあるからです。
日本でよく語られること、私も以前から聞いていて信じ込んでいたことは、まず、東南アジアで買春旅行をしているのは日本人オヤジばかりだというような話でした。それがウソであることは何度も述べてきました。たとえばこの記事に書いたとおりです。それと、白人男がアジア人女性を連れているのは「自由恋愛」だという伝統的なウソ。
では、自分で行って見さえすればいいのかというと、必ずしもそうでもないというのが私の考えです。
たとえばタイですが、タイに行きすぎた人、タイに埋没してしまった人の目には、やがて現実が入ってこなくなるということがあります。
最初にタイに行ったころ、そこでの白人たちがやっていることや振る舞いを見たときは本当にカルチャーショックでした。ここはまだ列強の植民地時代だとしか思えないところでした。
売春婦やレンタルワイフを白昼堂々と連れまわす白人オヤジが大量にいるだけでなく、それ以外の白人も圧倒的に多く、植民地の主人然として振舞っている。いつもキレイごとを言う白人たちだが、だれも買春白人オヤジを批判しない。
買春白人があまりにも堂々としているので、しばらくそういうところにいると、彼らの旅の仕方やバカンスの楽しみ方(レンタルワイフを雇って同棲)のほうがここでは正しいのではないか、彼らは正しく人生をエンジョイしているだけなのではないかという気すらしてくる。
こういう国を長期旅行する人は、どこに行っても買春白人たちが偉そうにのさばっているので、まともな感覚の人でもいちいち気にしていられない。次第に無感覚になっていくし、自分の倫理的な防波堤も危うくなってくる。
このように、タイなどに長くいる人は、白人の振る舞いにどんどん無感覚になっていく。そうならないといられない。
また、白人のセックスツーリズムはレイシズムと不可分だと思いますが、タイなどに長く滞在している日本人は、白人の堂々たるセックスツーリズムに無感覚になると同時に、白人のレイシズムにも無感覚になってしまう。タイ人による人種差別、白人優遇も強固なルールになっているので、それにいちいち反発してもしかたがない。結局、どんどんまともな感覚が鈍磨していきます。
だから、日本にいて、白人たちが日本人より正しいことをしているかのような幻想を持っている人にこそ、この現実の一端を目で見てもらい、白人に対する幻想や日本人に対する卑下を捨ててもらいたいという動機でこのシリーズをはじめたのです。
結局マレーシアとインドネシアだけで、タイ編は提供できないことになりましたが、いずれタイ編も提供する予定でした。
東南アジアにおける白人のレンタルワイフ遊びが顔出し暴露に値する犯罪行為であることは、上にあげた記事のほか、売買春・レンタルワイフ関係児童買春(子供買春)などのカテゴリーにはいっている記事や、最新の記事ではカーは理由があってタイを選んだ "farang kee-nok" ニューヨークタイムスなどをよく読んでもらえればわかるはずです。
売春やレンタルワイフ遊びとは限らないという彼らの抗弁は、以前も書いたとおり、白人男性とアジア女性カップルの10中8、9がレンタルワイフ遊びであるような場所に、あえて白人男に同伴していくアジア女性あるいはアジア女性を同伴する白人男性は、第三者から8、9の側と同視されそのように扱われるるリスクを覚悟するのが当然であるという条理を、故意に無視するものです。これは白人メディアがずっとやってきたイカサマなのです。
誰でもゴム草履を愛し短パンを愛し汚いTシャツを愛する自由を基本的人権として持つが、そういう格好で高級ホテルに入っていったなら守衛につまみ出されたり捕まえられて犯罪者扱いされても文句は言えないというのと同じことです。誰もが自分のいる場所と状況を選ぶ自由を持つが責任も持つ。公共の場所にいつ誰とにいるかについて責任を持つのは当然です。
「白人のいる風景」は、他人が私室でやっていることを盗撮したりするものではありません。そうではなくて、東南アジアで公然と売春婦を連れ歩く白人の開き直った犯罪行為を暴露するものです。彼らはこの程度のリスクは当然引き受けるべきです。
いずれにしても、どこの誰かもわからない人の「ご連絡」があったから、記事を削除せよ、というニフティの要請を受け入れることだけはできません。
それがいわゆる「プロ市民」のボランティア活動だったとしたら、悪い前例を作ることになると思いませんか?
「ご連絡」をした人は「文章」が気に入らないといってきたそうですが、ニフティは画像を削除せよといっています。文章も「見直せ」といっています。
画像を削除したら今度はやっぱり文章だということになるかもしれません。
こういうことをやっていたら、この国は、いや、このブログは私のブログではなくなってしまいます。

白人のいる風景
http://ibrahim.blog49.fc2.com/

@niftyの写真検閲

「日付のある紙片」に対する恫喝を伴う写真削除要求によって明らかになったニフティの画像検閲の基準と方針を整理してみる。

ニフティは次のように明言する:

実体上の人物画像掲載基準について  
弊社では画像等をココログに掲載する際、ココログ掲載に関する明示的な許諾が必要と考えています。そのため、全ての写真に関して「明示的な許諾」を受けていないのであれば、全ての画像を削除してくださいますようお願いいたします。」

この基準に従うなら風景写真の片隅に写る見知らぬ人の顔もまた削除しなければならないということになる。今日の技術では、写真の片隅に写る小さな顔からポートレートを作成することも可能である。また、子供の写真を掲載する場合は、常に親権者等の同意が必要であることになる。親の同意を得ない未成年者の意思表示も取り消しがあるまでは有効であるが、いったんインターネットに流れた画像を取り戻すことは困難である。また、ブログの意味、インターネットの意味を十分に理解していない者にも承諾能力がないと見るべきだろう。そのような承諾には錯誤または瑕疵があると見るのが相当だが、これも同様にネット掲載後は原状を回復し得ないものだからである。

手続上の画像検閲の方針について

会員様が作成する個々のココログを、弊社が普段から監視するようなことは行っておりませんが、閲覧者よりココログの内容について弊社へ苦情等が寄せられた際には、連絡箇所を確認する以外に、権利侵害など規約に反する点が確認された場合は、併せて会員様へご連絡させていただいております

画像掲載基準に極めて厳格な基準を採用する一方で、実際上の検閲の方針は、きわめて恣意的な裁量に任せられているといえる。
すなわち、第三者(一般閲覧者)の苦情に応じて、苦情のあった箇所を検討するのみならず、苦情の対象となったブログ全体に対して、ブログ作成者に圧力をかける口実を探し、その場合に方便として①の厳格な基準を適用する(盾に取る)というものである。ニフティからの通告が恫喝めく所以でもあろう。同時にこれは、クレームをつけた者の声の大きさ、社会的な地位、脅威などによって、検閲をしたりしなかったりするということを意味する。

(資料)

ニフティからの通告メール

3通目

○○○○○ 様

 アット・ニフティにお問い合わせいただき、ありがとうございます。 メールサポートセンター三木田です。
 たびたびのご連絡にお手数をおかけしております。 2通に渡りお問い合わせいただいた件について回答させていただきます。
 今回の件について、弊社窓口にご連絡いただいた第三者の情報ですが、弊社には個人情報の守秘義務がございます。そのため、ご連絡いただいた方の情報をお客様へご案内することはいたしかねます。この点、何卒ご了承ください。
 また、会員様が作成する個々のココログを、弊社が普段から監視するようなことは行っておりませんが、閲覧者よりココログの内容について弊社へ苦情等が寄せられた際には、連絡箇所を確認する以外に、権利侵害など規約に反する点が確認された場合は、併せて会員様へご連絡させていただいております。この点、何卒ご理解くださいますようお願い申し上げます。
 続きまして、画像の許諾について回答いたします。
 弊社では画像等をココログに掲載する際、ココログ掲載に関する明示的な許諾が必要と考えています。そのため、全ての写真に関して「明示的な許諾」を受けていないのであれば、全ての画像を削除してくださいますようお願いいたします。
 次に、肖像権について@niftyでは以下のように考えております。
 肖像権におきましては、芸能人など有名人の氏名・肖像にはパブリシティ権と呼ばれる権利が認められています。パブリシティ権を定めた法律はございませんが、この権利は裁判所によって認められています。
 パブリシティ権を一言で申し上げますと、自分の氏名・肖像がもつ経済的な価値を他人に勝手に利用されない権利と言えます。従いまして、芸能人等の有名人の氏名・肖像を利用しようとする場合には、本人の承諾を得なければなりません。
 芸能人等の有名人でない人についても、裁判所は、「氏名や容貌について勝手に他人に利用されたり、他人の目にさらされたりすることのないように保護されるべきものである」との考えを示しています。従いまして、芸能人等の有名人でなくとも他人の氏名・肖像を利用しようとする場合には、やはり本人の承諾を得るべきと考えております。
 以上の点について、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。
 最後に、見直しの期限につきましては、先日のご連絡と同様 8月28日(月)の正午までにご対応いただきますようお願い申し上げます。
 お問い合わせいただきありがとうございました。
          アット・ニフティ メールサポートセンター :三木田=======================================【お問い合わせ窓口】http://www.nifty.com/support/madoguchi/

2通目

○○○○○ 様

 アット・ニフティにお問い合わせいただき、ありがとうございます。 メールサポートセンター三木田です。
 はじめに○○様より 2通に渡りお問い合わせをいただいておりますが、当メールにて併せて回答いたします。
 前回もご案内させていただきましたが、このたび、○○様のココログを閲覧された第三者の方から、お客様の記事の文章について「利用規約に反している記載があるのではないか」とのご連絡がありました。
 お客様のココログに掲載されている文章について、弊社でも詳細を確認いたしましたが、該当の記事が直ちに名誉毀損であるかどうかの判断は、弊社でもいたしかねます。そのため、文章について修正等の対処をされない場合でも、○○様のココログを一時停止措置をすることはございません。
 上記の点については、前回のご案内がわかりづらく誠に申し訳ございませんた。記事の文章については、上記内容をご留意の上、お客様ご自身の判断で修正等をしていただきますようお願いいたします。
 また、弊社でお客様のココログを拝見した際、許諾を得ているとは判断し難い多数の人物写真が掲載されていることを確認いたしました。弊社では、ココログならびに弊社ホームページサービスにおいて掲載する人物写真について、全て本人の許諾が必要と考えております。
 ○○様のご指摘のとおり、肖像権の侵害は私法関係であると弊社でも捉えておりますが、弊社会員規約では請求等が発生しなくとも、肖像権を侵害する行為は禁止しております。
 前回、弊社側では実際に該当の被写体から掲載の許諾を得ているか判断はできないため、「弊社会員規約に抵触する恐れがある」とご連絡いたしましたが、掲載する写真について許諾を得ていないものは違反行為となります。恐れ入りますが、許諾を得ていない全ての写真について削除していただきますようお願いいたします。
 なお、上記内容にご同意いただけず、残念ながらお客様のココログが一時停止措置となった場合、再開希望の連絡をいただければお客様のココログを再開することは可能です。また、過去の記事・画像も保存されておりますので、この点はご安心ください。
 最後になりますが、弊社が提供するココログの運営については、原則開設者様の自己責任でご対応いただいております。ただ、閲覧された第三者の方より弊社へ苦情が寄せられ、弊社会員規約、各種利用規約と照らし、対応が必要と判断した場合は今回のご連絡のように会員様へ対応の要請をさせていただいております。この点、何卒ご理解くださいますようお願いいたします。
 お問い合わせいただきありがとうございました。
           アット・ニフティメールサポートセンター :三木田=======================================【お問い合わせ窓口】http://www.nifty.com/support/madoguchi/

1通目

××××× 様

 平素はアット・ニフティをご利用いただき、誠にありがとうございます。
 突然のご連絡で申し訳ございませんが、このたび下記の××様のココログに掲載されている文章について、利用規約に違反しているのではないかとのご連絡を弊社宛てにいただきました。
【××様のココログURL】http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/cat6060665/index.html
【ご連絡いただいた対象URL】http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2006/07/fuck_offredneck_cfd2.html
 弊社でも××様のココログを確認させていただきましたが、掲載された文章が名誉毀損にあたるものか、弊社では明確な判断はいたしかねます。そのため直ちにココログ利用規約に違反する内容であると弊社では判断しておりません。
 ただ、該当ページを確認する限り、掲載されている画像は、ココログ利用規約第 8条 2項に抵触する恐れがあります。
 恐れ入りますが、他人の写真を無断で掲載されますと肖像権やプライバシーを侵害する恐れがございます。他人の肖像権やプライバシーを侵害する行為は、ホームページ利用規約第 8条にて禁止しておりますので、他の閲覧者が「侵害行為」と思われるような内容の記載についてはご遠慮ください。
 お手数ですが、 8月28日(月)正午までに、下記の項目について対応いただきますようお願いいたします。期限までに対応を行っていただけない場合には、同規約に基づき、弊社にてお客様のココログを他の方から閲覧いただけない状態にさせていただきますので、ご承知おきください。
----------------------------------------------------------------------・上記掲示板の写真について、掲載されている本人などから掲載の承諾を得て いるか具体的に当方までご連絡いただくこと。・承諾を得ていない場合は、該当する写真を削除していただくこと。・掲載されている文章について見直しを行っていただくこと。----------------------------------------------------------------------
なお、上記内容につきましては、お客様のID宛にメールにて連絡させていただいておりますが、念の為、ご登録住所宛に郵送でもご連絡させていただいております。内容が重複いたしますこと、ご了承くださいますようお願いいたします。
 最後になりますが、弊社サービスのご利用にあたっては、以下のアドレスにより今一度@nifty会員規約、ココログの利用規約をご確認いただき、遵守していただきますよう宜しくお願いいたします。これらに違反した場合は、会員資格を停止する場合もございますので、十分ご注意ください。
                                 以上
                           ニフティ株式会社=======================================【お問い合わせ窓口】http://www.nifty.com/support/madoguchi/

「人権擁護法案」

かつては「人権」を声高に叫ぶのは左翼、「進歩派」、「革新」政党という通念があったと思うが、最近はそうでもないようである。
自民党と公明党の議員でつくる「与党人権問題懇話会」のメンバーがおととい、議員会館の一室に集まり、人権擁護法案の国会提出に向けた動きを再開した。だが取材記者によると、会合が終わって出てきた座長の古賀誠自民党元幹事長は、だんまりを決め込んだという・・・・(産経新聞9/1・産経抄)
古賀氏というのはたしか遺族会の関係者ではなかっただろうか。旧竹下派で、自民党のもっとも保守的というより、もっとも料亭政治的な部分を代表する人のように思われる。
そういう立場の人たちが、いまどうしても「人権擁護法案」をどうしても成立させたいと思うのか。彼らは長年、利権がらみの政治をしてきた人たちのはずである。今度の場合も当然、利権抜きの思惑ではないと思われるが、具体的にどのような利権を求めているのだろう。
この「人権擁護法案」では、「人権委員会」という国家機関に「人権侵犯者」に対する直接の捜査をする権限が与えられる。インターネット上の「人権侵害」への対処も検討されているという。
この法律によって直接「弾圧」されることよりも、むしろその前に、この法律の「威嚇的な効果」が絶大である。日本のプロバイダー会社はますます臆病かつ神経質に「苦情」に反応するようになり、インターネット上のログを監視・検閲するようになるだろう。
今回私が受けたニフティの検閲で言えば、ニフティは、日本の伝統的な「文学的自由主義」の発想に従い、「言論」と「その他の表現」(映像、音楽など。特に映像)とを区別し、「言論」については比較的謙抑的に、「画像」については厳格に検閲するという方針を採った。
利用規約はブログ提供会社と利用者との自由な契約とはいえ、現実には、提供会社を選んだ段階で、一方的に利用者に与えられ、その解釈権も適用・執行も提供会社にゆだねられる。このことは日本の会社だけでなく、海外のブログ提供会社でも同じである。
ただ、海外のブログ会社と日本の会社との違いは、日本の会社がよかれあしかれ苦情や評判に敏感に反応し、変な「日本の良識」をふりまわしてくることである。たとえば今回の一通目のニフティ通告にあった「他の人に侵害行為と思われるようなことはやめろ」といセリフに象徴されている反応であり「良識」である。この場合「何の侵害」なのかも厳密には意識されていないし、される必要さえないというのがこの手の「日本の良識」の特徴であるともいえる。「侵害行為」といいさえすればいいのである。
グーグルのブログなど、今回私は二つ作ったが一つはまったく表示されない。質問メールを送っても、いったんは返事が来たがその内容はrepublishのボタンを押せというだけ。何度やっても表示されないので、再度メールを送ったら完全に無視された。よかれ悪しかれ会社がふだんからこういう対応をしていれば、少なくとも、会員ブログのコンテンツへの第三者たる閲覧者のクレームなどに右往左往する必要はなくなる。もし児童ポルノなどが上がっていたら問答無用で停止するだけである。
ニフティの通告メールによく表れている、「微温的」な、ぬるま湯馴れ合い的な日本の表現の風土において、「人権擁護法」などが成立するようなことになれば、「苦情者」はますます居丈高にネット会社に苦情を殺到させるだろう。そしてこの法律の威嚇的効果により、日本のネット会社はこれまでよりはるかに神経質に対応に追われることになる。これまでは謙抑的であった「文章」自体の検閲も、長年蓄積したブログの停止を盾にした恫喝により強行することになるだろう。
これからログを蓄積する人、まじめにブログを書く人は、海外の会社も含めた複数のサイトで同時並行的に、同じ記事を蓄積していったほうが良いと思う。一つの提供会社に依存することはリスクを伴う。
ブログ提供会社を選ぶときに、その会社のブランドイメージなどに幻惑されるのがいちばんまずい。アダルトサイトばかりの会社でも、使いよくて自由な表現が保障されるならば何の問題もない。
逆に、使いやすさや表現の自由を棚上げし、ブランドイメージで商売しているような会社はやめておいたほうがいいということになる。利用者の使いやすさでなく、既存ブログのコンテンツや有名会員のイメージで商売しようとする会社は、必然的に苦情にも神経質になり、一般会員の表現に対する規制も厳しくなる。

チェンマイの祭り

チェンマイは私の一番嫌いな町のひとつ。理由は、タイ人がいて、毛唐が多いから。
タイ人だけでも、白人だけでも、それほど問題はない。
タイ人と白人の両方がいる場所にはいたくない。

これはタペー通り。ツーリストたちの練り歩くところ。2年前は夜、売春婦が立っていた。レディーボーイの売春者はロイクロー通りに多い。
すべてがHoax。私はもううんざり。






タナカ タチレク(ミャンマー)

タナカをしたビルマ人の女性たち。ミャンマー・タチレクのマーケットで。タナカは、タナカの木から取れる粉で、肌の保護、美容のために使う。